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石灰石🔗🔉

石灰石 (せっかいせき) →石灰岩

石灰石鉱業🔗🔉

石灰石鉱業 (せっかいせきこうぎょう) 石灰石を採掘し、品質や粘度をそろえて、需要家側に供給する産業。おもな需要先は石灰工業(生{せい}石灰製造)、セメント工業、鉄鋼業、ガラス工業、ソーダ工業、カーバイド工業で、主原料・副原料として利用されるほか、道路舗装用石粉および砕石として土建用需要も増えている。  石灰石が産業用原料として大量消費されるようになったのは、1824年イギリスでポルトランドセメントが発明されてからである。石灰を溶剤とする塩基性製鋼法の発明(1875、トーマス転炉)は鉄鋼業に石灰の大量需要を生じたほか、カーバイド、ガラス、ソーダ工業など化学工業の需要も増大し、石灰石鉱業も近代鉱業としての成立をみた。石灰石は重量のわりには安価な鉱物で、遠隔地輸送がコスト面で無理なため、当初からセメント工業、石灰工業はほとんどが資源立地である。 【日本の石灰石鉱業】 1997年(平成9)現在、石灰石埋蔵鉱量579億トン、可採鉱量353億トンで、なお200〜300年の可採年数が見込める。石灰石の大量需要は1872年(明治5)東京に官設セメント工場が開設されて以後のことであるが、石灰石採掘が近代的鉱山の形態をなすのは昭和に入ってからである。採鉱方法は、当初、山肌を削り取る傾斜面採掘であったが、第二次世界大戦後、山頂から掘った立坑に鉱石を掘り崩すグローリー・ホール法が導入され、生産性が大幅に増大した。現在では、これに大型重機(大形穿孔{せんこう}機、ホイールローダーあるいはマンモスパワーショベル、大型のブルドーザーとダンプトラックなど)を導入した山頂からの階段採掘法が行われ、立坑底ないし斜坑底での破砕機による粗砕後、長距離ベルトコンベヤーによる砕鉱場への移送によって、用途に応じて中割、小割、細割、焼結粉の四銘柄が破砕選別されている。  1971年には、階段採掘86.1%、傾斜面採掘8.4%、グローリー・ホール2.4%、坑内採掘3.1%という生産比率であったが、最近では階段採掘の大型化が主流である。69年に1億トンの大台にのった生産量は、80年には1.8億トンに伸びたが、低成長経済への移行とともに、84年には1.7億トンと低迷した。82年には、348の稼行鉱山があり、鉱山労働者(年平均)は1万2805人であったが、96年(平成8)現在、稼行鉱山が249、鉱山労働者6582人と年々漸減している。内需のおもな用途は、96年実績で、セメント・鉄鋼・石灰が64.5%を占めているが、土建用砕石が27.7%(1970年には10%)と著増している。  1988年、石灰石鉱業は、円高と内需拡大政策の影響のもとでの建設ブームによる鉄鋼、セメント、骨材需要の急伸により、好況を取り戻し、1.8億トンに回復し、90年以降97年まで、バブル崩壊とその後遺症の続くなかで、2億トンの大台を維持し続けている。好調が続く石灰石鉱業ではあるが、94年には、競争力強化を目ざす大型合併(秩父小野田、大阪住友セメントの発足)のほか、物流面での業務提携(三菱マテリアルと日本セメント)などの動きがあり、95年には海外進出も本格化した。三菱マテリアル、日本セメントによるベトナムでの合弁セメント工場建設、宇部興産、住友商事の中国広東{カントン}省進出(クリンカー粉砕工場建設)、日本セメント、丸紅による日中合弁セメント工場建設(秦皇{しんこう}島)、三菱マテリアルによる日中合弁(烟台{エンダイ}セメント)工場の操業開始などがそれである。  地球環境問題に対する人々の関心の高まりや政府の環境諸政策を背景に、環境事業への大手民間企業の進出が盛んであるが、石灰石鉱業では1996年から、三菱マテリアルが北九州市の大規模下水処理事業と福岡県苅田{かんだ}町での産業廃棄物再利用による固形燃料製造事業に乗り出し、秩父小野田、日本セメントも産業廃棄物再利用の新会社を設立した(なお、1998年10月に秩父小野田と日本セメントは合併し、太平洋セメントとなった)。 <殿村晋一>

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