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石井真木🔗🔉

石井真木 (いしいまき) (1936― )作曲家。舞踊家石井漠{ばく}の三男として東京に生まれる。池内友次郎{ともじろう}、伊福部昭{いふくべあきら}に師事。ベルリン国立高等音楽学校作曲科でブラッハーらに師事し、1961年(昭和36)卒業。翌62年帰国し、自作の発表会を行ってデビューした。十二音技法から偶然性の作法まで、西洋の現代音楽から影響を受けたが、音響に焦点をあてた独自の作風をうちたて、とくに東西の出会いの音楽を発表した。70年以後はベルリンと東京の間を往復し、内外で活躍している。主要作品は『四つのバガテレン』(1961)、『打楽器とオーケストラのための響層』(1969)、『遭遇?番』(1971)、『オーケストラのための序』(1974)などである。 <船山 隆>

石芋🔗🔉

石芋 (いしいも) 自然伝説の一つ。「食わず芋」「大師芋」ともいう。固くて食べられない芋の由来を説明する伝説。ある高僧(その半数以上が弘法{こうぼう}大師)の巡錫{じゆんしやく}の途中に、空腹のために芋を所望し、もらえなかったため(恵まれたため)に、その地の芋(ほかの救荒食物も同じ)は煮ても焼いても食べられない(不自由することがない)、という型は、全国に共通している。芋のかわりに蕨{わらび}、菜などがあるほかに、杖{つえ}を挿して根づかせて二度三度実らす(たとえば、弘法栗{ぐり}、三度栗、不喰梨{くわずなし}、半渋柿、弘法柿、石胡桃{くるみ}、莢{さや}ばかりの大豆など)も型は同じ。またこの型は、弘法が水をもらえなかった(恵まれた)ために罰があたって(恩恵によって)泉がない(よい水が湧{わ}く)、という弘法清水{しみず}と同型である。親切な村人と意地悪なそれとの結果の対比は、昔話「隣の爺{じい}」型と同じで、勧善懲悪を説く文芸的意匠が、異郷人歓待の信仰を変化せしめたものである。救荒食物や自然湧出{ゆうしゅつ}水の恩恵者として弘法がもっとも幅をきかしているのは、中世中末期以降に弘法をかたって全国を歩いた高野聖{こうやひじり}の影響や、それに伴う大師信仰の習俗によるものである。 <渡邊昭五>

日本大百科 ページ 3530