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度量衡🔗🔉

度量衡 (どりょうこう) 長さ、面積、体積および質量の単位、標準、ならびにこれらの計量器について定められた慣習や制度をいう。英語のweights and measuresにあたる。 【度量衡の語源】 『漢書』律歴志に「度は分、寸、尺、丈、引{いん}である。これが長短を計る手だてである。もと黄鐘{こうしょう}の長さにおこる」とある。分、寸、尺、丈、引は単位で、黄鐘はこれらの単位の基礎となる標準standardである。尺はもともと手幅が起源であるが、人間の手の大きさは一定しない。そこで、定まった音律の笛は一定の長さをもつということを利用して標準を定めたのである。黄鐘は古代中国の十二音律の基準音で、この音律を出す笛の長さを9寸、90分とした。そして10寸が尺、10尺が丈、10丈が引である。  これに続いて「量は龠{やく}、合{ごう}、升{しょう}、斗{と}、斛{こく}である。これが量の多少を計る手だてである。もと黄鐘の龠(管)におこる。度によってその容量を正す。北方に産する平均的な大きさの秬黍{きょしょ}(クロキビ、コウリャン)1200粒で満つる。井戸水を用い水準を正したときの容量が1龠である。龠を二つあわせて1合とし、10合を1升、10升を1斗、10斗を1斛として五つの量が定まる」とある。体積の単位も標準は黄鐘管である。龠は竹の管の意で、黄鐘竹管の体積が1龠であるが、小さすぎるので二つあわせて合としたということである。  さらに続いて「権{けん}は銖{しゅ}、両{りょう}、斤{きん}、鈞{きん}、石{せき}であり、物を計るに衡を水平にして軽重を知るものである。もと黄鐘の量に応じる重さにおこる。1龠には1200の秬黍が入り、この重さが12銖である。これを二つあわせて両とする。24銖が両である。16両を1斤とし、30斤を1鈞、4鈞を1石とする」とある。黄鐘竹管を満たす1200粒の秬黍を質量の標準としたわけである。質量を計るには権すなわち分銅と衡すなわち天秤{てんびん}がいる。衡はくびき(首木・軛)に由来し、転じて秤{はかり}ざおとなった。  以上が語源であるが、度量衡はまた度量権衡ともいわれる。この『漢書』の内容は中国の計量制度の基準をなし、それが前漢において確立したことを示している。なお重さまたは重量という語は、今日では力と同じ量とされ、衡は質量の計量のこととされている。英語ではmassであるが、一般には重量weightが慣用されている。 【単位の変遷】 〔中国〕 古代中国の度量衡は、度量については手幅など人の身体の部分に始まり、衡は主食であったキビに始まったが、漢代に黄鐘管を標準とする体系に整えられた。この制度は後代まで引き継がれたが、度量の単位の大きさは変化し、衡の単位は組合せが変わり、唐の時代に至ってほぼ安定した。朝鮮や日本固有の制度は、この変化の過程で技術とともに渡来したものである。 (1)漢代の単位の大きさ 残存遺物や文献などから次のようなものであったとされている。 〔1〕長さ 1尺(前漢約23.3センチメートル、後漢{ごかん}約23.4センチメートル)、1造営尺(約30センチメートル)。 〔2〕面積 一般に辺の長さで面積を表し、単位とした。基本的な単位は歩{ふ/ほ}で6尺四方、歩は人の足で2歩{ほ}の長さに始まる。畝{ぼう}は240歩(1440尺平方)、里{り}は300歩(1800尺平方)。この一辺の長さが距離の単位にも使われた。 〔3〕体積 1升(約198ミリリットル)。 〔4〕質量 1両(約14.16グラム)、1銖(24分の1両)、1斤(16両)、1鈞(30斤=480両)、1石(4鈞=1920両)。 (2)唐代の単位の大きさ 〔1〕長さ 1小尺(約24.6センチメートル)、1大尺(約30センチメートル)。 〔2〕面積 1歩(25平方大尺=2.25平方メートル)、1畝(240歩)。 〔3〕体積 1小升(約238ミリリットル)、1大升(約713ミリリットル)。 〔4〕質量 1斤(16小両=約198.94グラム、16大両=約596.82グラム)。 〔日本〕 この唐の制度が大宝律令{たいほうりつりょう}(702)に採用されたのであるが、尺についてはこれ以前に唐大尺より2寸長い高麗{こま}尺が用いられていて、律令の大尺は高麗尺、小尺が唐大尺だという説もある。『続日本紀{しょくにほんぎ}』に「大宝二年三月乙亥{きのとい}、始めて度量を天下に頒{わか}つ」とあり、雑令に度量衡とも唐制の単位をあげているが、『令義解{りょうのぎげ}』に「およそ地を度{はか}り、銀銅穀を量る者は皆大を用いよ、このほか官私ことごとく小を用いよ」とあるので、土地や穀物など日常主要なものは大尺、大升、大両が一般に用いられたと思われる。このため小のほうはまもなく消滅する。今日の日本の尺はこの律令の大尺のわずかに伸びたものである。升は枡{ます}が徴税の道具であったため変化が大きく、変化の跡づけは困難であるが、律令の大升はいまの4合から6合程度であったと推定される。  度量衡の制度にはかならず度量衡器の検定と取締りがある。『令義解』関市令の部に「およそ官私権衡度量は毎年二月大蔵省に詣{まい}り平校せよ。京に不在の者は所在の国司に詣{もう}でて平校し、然{しか}る後用ゆるを許す」とある。この検定を行うため大蔵省および国司には「様{ためし}」つまり基準器を交付した。様は「ためす」道具の意味である。『令義解』に「およそ度量権を用いる官司には皆様を給{たま}う。その様は皆銅をもって作る」とある。基準器を銅でつくるのは、それが錆{さ}びたり時間的な変化をしない材料だからである。  このように度量衡の単位を定め、基準器を官庁に交付して、度量衡器の検定を行うという制度は、古来東西を通じて共通したものである。ただこの制度も律令制の衰退とともに実態がなくなり、江戸幕府による枡座、秤座{はかりざ}の設置によってようやく統一されるが、実態はかなり変わっていた。尺度には座は設けられなかったが、一般には現行の尺に近い曲尺{かねじゃく}が用いられ、裁衣用に呉服尺(1.2尺)と鯨{くじら}尺(1.25尺)があった。曲尺の進法は十進的に分、寸、丈で、別に6尺の間{けん}が土地・建物用に用いられた。60間が1町で、36町が一般に1里であるが、里は地方によって大きく異なっていた。地積は6尺平方の歩(坪)が単位で、その10分の1が合、100分の1が勺で、30歩が畝{せ}、300歩が段(反)、3000歩が町である。律令では360歩が段であったが、太閤{たいこう}検地の際に改められた。体積は曲尺で方4.9寸、深さ2.7寸の積64827{むしやふな}立方分を1升とし、それを基本として十進的に勺、合、斗、石とした。衡は律令の銖がなくなり、開元通宝銭の質量を1銭(匁)とする宋{そう}制に変わり、また1000銭の貫と160銭の斤が併用され、10匁の両も用いられたが、やがて用いられなくなり貨幣用に残った。 〔明治以降の制定の変遷〕 明治政府は1875年(明治8)度量衡取締条例を制定し、度量衡三器とも製作請負人制度として、検査は地方庁に行わせた。この条例には単位の規定はないが、尺は、伊能忠敬{ただたか}が全国測量にあたり、享保{きょうほう}尺と又四郎尺を平均してつくったといういわゆる折衷尺(実際は枡座の枡に用いられた尺)を1874年太政官{だじょうかん}の認可を得て採用した。これが結果として33分の10メートルにあたり、現行の尺として一定した。衡は江戸時代のものと異ならないが、グラムとの換算値には1871年新貨条例に記載された3.756521グラムが採用されている。この値は1891年度量衡法の制定にあたり、貫をキログラムの4分の15と定めたことにより、現行の3.75グラムと変わった。  1885年日本はメートル条約に加盟し、メートル原器およびキログラム原器を入手できたため、91年度量衡法を制定した。この法律は、まず基本単位として尺および貫をメートルおよびキログラム原器によって定義し、これに基づいて度、地積、量、衡の単位を定め、布帛{ふはく}用に限るとして鯨尺を定めた。この単位の構成は江戸時代のものと大差はない。そして第5条で、これら尺貫法の単位とメートル法の換算値を掲げ、メートル法度量衡を適法のものとした。尺貫法ということばはこのときメートル法に対してできたものである。  度量衡器の種類、形状、物質は勅令(いまの政令相当)で定めるとし、構造は規則で定めた。また初めて器差の限界つまり公差も定めている。日本の度量衡はここで初めて完全な体系に整えられたのであるが、度量衡器の製造・修理・販売の事業には独特の制度である免許制を敷いた。この制度は1951年(昭和26)度量衡法が計量法に改められたとき許可制になり、さらに66年登録制となって今日に至っている。 【度量衡の内容の変化】 度量衡とは東西とも、長さ、面積、体積および質量の計量に関する単位の規制、度量衡器の検査、取締りなどを内容とする慣習や制度をいうが、科学や技術の発展に伴い、取り扱う量の種類も増加してきた。そこでこれらのうち商取引や計量の秩序維持のために必要なものは、制度のなかに取り入れてゆくことになり、度量衡の内容にも変化を生じた。日本の場合1919年(大正8)度量衡法を改正して、力のメガダイン、圧力のバール、仕事のジュール、工率のキロワット、密度(1気圧で4℃の水の密度)、温度の度を追加し、これを「計量の単位」とよんだ。そしてこれらの量の計器を計量器として追加したが、度量衡法の名称はそのままとした。  1951年に度量衡法は大改正されて、取引や証明に用いられている物象の状態の量は、電気測定法に定められている電磁気量を除いて網羅され33種となった。名称も計量法と改められ、対応する計量器もすべて対象とされるとともに、これらの製造・修理の事業は許可制、販売の事業は登録制となった。その後、計量法はしばしば改正され、とくに66年に電気測定法を統合する改正によって単位制度に国際単位系(SI)が導入された。この間58年末には一般商取引分野のメートル法化を終わり、66年3月31日をもって土地・建物関係のメートル法化を終えている。そして93年(平成5)には、法定計量単位をすべて国際単位系へ統一する改正が行われ、これまで国際単位系と食い違っていた一部の単位の切り替えを順次実施していくこととなった。 〔計量法の規制対象計量器〕 1999年現在の計量法にあげられている物象の状態の量は72種となっている。この内容については「計器」の項を参照されたい。  また、量を計る器具、機械、装置である計量器については、1966年、93年の改正で大幅に削減され、次の18器種が規制対象計量器となっている(1999現在)。 (1)長さ計 (2)質量計 (3)温度計 (4)面積計 (5)体積計 (6)流速計 (7)熱量計 (8)流量計 (9)密度浮ひょう (10)濃度計 (11)電力量計 (12)最大需要電力計 (13)無効電力量計 (14)照度計 (15)圧力計 (16)騒音計 (17)振動レベル計 (18)浮ひょう型比重計。  これらの器種のうち取引や証明に使われることの少ないもの、つくられる数の少ない特殊なものなどは政令で除かれている。ここにあげられた計量器を製造する者は通商産業大臣の登録を、修理する者は都道府県知事の登録を受けなくてはならず、また政令で定められる特定の器種の販売の事業を行う者は都道府県知事の登録を受けなくてはならない。  またこれらの計量器を取引や証明に使用する場合は、一般に検定を受けなければならないとされているが、政令で定めるものは除くとされ、実際に検定が行われている器種は、商業用の秤、ガス・水道・電気・ガソリンなどのメーター類、体温計、血圧計などである。検定に合格した計量器には検定証印が付される。また使用中の商用の秤などは一定の期間ごとに検査が行われる。これを定期検査という。さらに計量法は、包装商品の量目の正確さを確保するための規定も設けている。  このような度量衡あるいは計量の制度は、体系や内容に多少の違いはあっても、各国が設けているものである。そこでこのような制度や計量器に対する規制などを国際的に統一するため、1955年国際法定計量機関(OIML)が設けられて、各種の規制の国際化が進められている。→単位 →メートル条約 →計器 →国際単位系 <小泉袈裟勝> 【本】狩谷?斎著『本朝度量衡攷 上下』(1927・日本古典全集刊行会) ▽小泉袈裟勝著『度量衡の歴史』(1961・コロナ社) ▽同著『ものと人間の文化史22 ものさし』(1977・法政大学出版局) ▽同著『ものと人間の文化史36 枡(ます)』(1980・法政大学出版局) ▽同著『ものと人間の文化史48 秤(はかり)』(1982・法政大学出版局) ▽日本ガス協会編・刊『国際単位系(SI)への移行ガイドライン』(1997)

日本大百科 ページ 46620 での度量衡単語。