おお‐きぬたそう【大砧草】(おほきぬたサウ)🔗⭐🔉振
おお‐きぬたそう【大砧草】(おほきぬたサウ)
アカネ科の多年草。北海道南部、本州、四国、九州の山地の樹林下に生える。茎は直立して、高さ三〇〜六〇センチメートル。葉は長さ六〜一〇センチメートル、幅二・五〜五センチメートルの卵形で、長さ一〜二センチメートルの柄があり四枚ずつ輪生。初夏、茎の上部に白色の小さな花がやや密に集まって咲く。
おおき‐ひじり【大聖】(おほき‥)🔗⭐🔉振
おおき‐ひじり【大聖】(おほき‥)
非常にすぐれた聖人。大聖人。たいせい。
おおき‐ひとつのくらい【正一位】(おほきひとつのくらゐ)🔗⭐🔉振
おおき‐ひとつのくらい【正一位】(おほきひとつのくらゐ)
=しょういちい(正一位)1
おおぎまち【正親町】(おほぎまち)🔗⭐🔉振
おおぎまち【正親町】(おほぎまち)
姓氏。藤原北家閑院流。西園寺家より分かれ、太政大臣洞院公守の次男権大納言実明が祖。家格は大納言を極官とし羽林家。江戸中期には公通が、正親町神道を開く。一七世実光の娘雅子は仁孝天皇の典侍で孝明天皇の母。
おおぎまち‐きんみち【正親町公通】(おほぎまち‥)🔗⭐🔉振
おおぎまち‐きんみち【正親町公通】(おほぎまち‥)
江戸中期の垂加流神道家。公家。山崎闇斎の正統後継者で、のち江戸で講義。その流を正親町神道ともいう。著「三種神器筆記」「無窮記」など。(一六五三〜一七三三)
おおぎまち‐しんとう【正親町神道】(おほぎまちシンタウ)🔗⭐🔉振
おおぎまち‐しんとう【正親町神道】(おほぎまちシンタウ)
江戸中期、正親町公通が師の山崎闇斎から、神儒一致の垂加神道の秘奥を譲られて開いた神道の一派。
おおぎまち‐てんのう【正親町天皇】(おほぎまちテンワウ)🔗⭐🔉振
おおぎまち‐てんのう【正親町天皇】(おほぎまちテンワウ)
第一〇六代天皇。後奈良天皇の第一皇子。名は方仁(しげひと)。弘治三年践祚、三年後に毛利元就の献上金で即位。また、織田信長、豊臣秀吉に働きかけて、窮乏状態にあった皇室の回復に努力。在位三〇年。(一五一七〜九三)
日本国語大辞典 ページ 2762。