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あのう【賀名生】アナフ🔗🔉

あのう賀名生アナフ 奈良県五條市西吉野町の一地区。後醍醐・後村上・後亀山天皇の行宮あんぐうのあった所。古く「穴生」、1352年(文和1)「賀名生」と改めた。

が【賀】🔗🔉

】 ①祝うこと。いわい。特に、長寿の祝い。「七十七の―」→賀の祝。 ②加賀国かがのくにの略。

が‐い【賀意】🔗🔉

が‐い賀意】 祝う心。祝意。

が‐えん【賀宴】🔗🔉

が‐えん賀宴】 祝賀のさかもり。

が‐えん【賀筵】🔗🔉

が‐えん賀筵】 祝賀の会席。

が‐か【賀歌】🔗🔉

が‐か賀歌⇒がのうた

が‐かく【賀客】🔗🔉

が‐かく賀客⇒がきゃく(賀客)

かがわ【賀川】‥ガハ🔗🔉

かがわ賀川‥ガハ 姓氏の一つ。 ⇒かがわ‐とよひこ【賀川豊彦】

かがわ‐とよひこ【賀川豊彦】‥ガハ‥🔗🔉

かがわ‐とよひこ賀川豊彦‥ガハ‥ キリスト教社会運動家。神戸の人。神戸貧民街の伝道をはじめ、関西の労働争議、日本農民組合・消費組合運動に挺身。第二次大戦後は伝道・生活協同組合運動・世界連邦運動に尽力。小説「死線を越えて」。(1888〜1960) 賀川豊彦 撮影:田村 茂 ⇒かがわ【賀川】

が‐ぎ【賀儀】🔗🔉

が‐ぎ賀儀】 祝いの儀式。祝いごと。

が‐きゃく【賀客】🔗🔉

が‐きゃく賀客】 (ガカクとも)祝賀にくる客。特に、年賀にくる客。〈[季]新年〉

が‐けい【賀慶】🔗🔉

が‐けい賀慶】 喜び祝うこと。めでたいこと。

が‐し【賀詞】🔗🔉

が‐し賀詞】 祝いの言葉。祝詞。年賀の言葉。〈[季]新年〉

が‐じゅ【賀寿】🔗🔉

が‐じゅ賀寿】 長寿の祝い。老年の祝い。寿賀。

かしゅう【賀集】‥シフ🔗🔉

かしゅう賀集‥シフ 姓氏の一つ。 ⇒かしゅう‐みんぺい【賀集珉平】

が‐しゅう【賀州】‥シウ🔗🔉

が‐しゅう賀州‥シウ 加賀かが国・伊賀いが国の別称。

かしゅう‐みんぺい【賀集珉平】‥シフ‥🔗🔉

かしゅう‐みんぺい賀集珉平‥シフ‥ 江戸後期〜明治初年の陶工。淡路焼の創始者。淡路の人。京都の陶工尾形周平(2代高橋道八の弟)の指導を受け、諸種の釉薬を創製。(1796〜1871) ⇒かしゅう【賀集】

が‐しゅん【賀春】🔗🔉

が‐しゅん賀春】 (「春」は新春の意)新年を祝うこと。年賀状に用いる語。

が‐しょ【賀書】🔗🔉

が‐しょ賀書】 喜びの手紙。祝いの書状。

が‐しょう【賀正】‥シヤウ🔗🔉

が‐しょう賀正‥シヤウ (「正」は正月の意)新年を祝うこと。年賀状などに用いる語。

が‐しょう【賀頌】🔗🔉

が‐しょう賀頌】 祝って徳をたたえることば。

が‐じょう【賀状】‥ジヤウ🔗🔉

が‐じょう賀状‥ジヤウ 祝賀の書状。祝いの手紙。特に、年賀状。〈[季]新年〉。「―を出す」

が・する【賀する】🔗🔉

が・する賀する】 〔他サ変〕[文]賀す(サ変) 吉事の喜びを述べる。ことぶく。祝する。「新春を―・する」

が‐せい【賀正】🔗🔉

が‐せい賀正⇒がしょう

が‐せつ【賀節】🔗🔉

が‐せつ賀節】 いわいび。祝日。

が‐ちしょう【賀知章】‥シヤウ🔗🔉

が‐ちしょう賀知章‥シヤウ 初唐〜盛唐の詩人。飲中八仙の一人。字は季真。越州永興(浙江蕭山)の人。礼部侍郎兼集賢院学士・秘書監。四明狂客と号す。のち道士となる。(659〜744)

かてん【賀殿】🔗🔉

かてん賀殿】 雅楽の唐楽、壱越調いちこつちょうの曲。管弦にも舞楽にも用い、6人または4人で舞う。

が‐の‐いわい【賀の祝】‥イハヒ🔗🔉

が‐の‐いわい賀の祝‥イハヒ ①長寿の祝。「算賀」の後世の呼称。中国伝来の風習で、40歳から10年ごとに祝い、四十賀・五十賀・六十賀などといった。室町末期以後、42歳・61歳(還暦)・70歳(古稀)・77歳(喜寿)・88歳(米寿)・90歳(卒寿)・99歳(白寿)に祝宴を張ることとなった。ほかに80歳(傘寿)・100歳(上寿)もある。賀寿。 ②浄瑠璃「菅原伝授手習鑑」の3段目「佐太村」の通称。三つ子の父白太夫が、70歳の賀の祝に桜丸の切腹を見届け、筑紫へ旅立つ場面。

が‐の‐うた【賀歌】🔗🔉

が‐の‐うた賀歌】 古今集以下勅撰集の和歌の部立ぶだての一つ。貴人・長上の長寿を祝う歌が多い。

が‐ひょう【賀表】‥ヘウ🔗🔉

が‐ひょう賀表‥ヘウ 祝意を表して奉る文。

かも【賀茂・加茂】(地名・能)🔗🔉

かも賀茂・加茂】 ①京都市北・左京両区の地名。上賀茂・下賀茂(下鴨)の総称。 ②能。神物。賀茂明神の丹塗矢縁起を脚色、世を祝福する。

かも【賀茂】(姓氏)🔗🔉

かも賀茂】 姓氏の一つ。 ⇒かも‐の‐まぶち【賀茂真淵】

かも‐あおい【賀茂葵】‥アフヒ🔗🔉

かも‐あおい賀茂葵‥アフヒ (京都賀茂神社の祭礼に用いるからいう)フタバアオイの別称。

かも‐かつら【賀茂楓】🔗🔉

かも‐かつら賀茂楓】 (賀茂祭に用いるからいう)桂かつら・楓ふうの別称。

かも‐がわ【賀茂川・加茂川・鴨川】‥ガハ(地名)🔗🔉

かも‐がわ賀茂川・加茂川・鴨川‥ガハ 京都市街東部を貫流する川。北区雲ヶ畑の山間に発源、高野川を合わせて南流し(その合流点から下流を鴨川と書く)、桂川に合流する。(歌枕) ⇒かもがわ‐おどり【鴨川踊】 ⇒かもがわ‐ぞめ【鴨川染】 ⇒かもがわ‐にんぎょう【賀茂川人形】

かもがわ‐にんぎょう【賀茂川人形】‥ガハ‥ギヤウ🔗🔉

かもがわ‐にんぎょう賀茂川人形‥ガハ‥ギヤウ 賀茂川堤の柳の木で作ったという木目込きめこみ人形。特に、雛ひな人形を賀茂川雛・木目込雛という。賀茂人形。 ⇒かも‐がわ【賀茂川・加茂川・鴨川】

かも‐ざむらい【賀茂侍】‥ザムラヒ🔗🔉

かも‐ざむらい賀茂侍‥ザムラヒ 外面は貧しく装っていても、内実は富んでいる者。(俚言集覧)

かも‐しゅう【賀茂衆】🔗🔉

かも‐しゅう賀茂衆】 賀茂神社に仕える人々。

かも‐じんじゃ【賀茂神社】🔗🔉

かも‐じんじゃ賀茂神社】 賀茂別雷かもわけいかずち神社および賀茂御祖かもみおや神社の総称。賀茂社。

かも‐すえたか【加茂季鷹】‥スヱ‥🔗🔉

かも‐すえたか加茂季鷹‥スヱ‥ (賀茂とも書く)江戸後期の歌人。山本氏。京都上賀茂神社の祠官。号は雲錦。有栖川宮職仁よりひと親王に学び、のち加藤千蔭と交わり、また狂歌に長じた。著「雲錦翁家集」。(1752〜1841) ⇒かも【加茂】

かもたけつのみ‐の‐みこと【賀茂建角身命・鴨武津身命】🔗🔉

かもたけつのみ‐の‐みこと賀茂建角身命・鴨武津身命】 京都の賀茂御祖かもみおや神社の祭神。神魂命かみむすびのみことの孫で賀茂別雷命かもわけいかずちのみことの外祖父。玉依姫たまよりびめの父。はじめ日向に降臨し、神武天皇東征の際、八咫烏やたがらすに化して天皇を導いた。のち、山城の賀茂川上流に移住したという。

かも‐の‐あしぞろえ【賀茂の足揃え】‥ゾロヘ🔗🔉

かも‐の‐あしぞろえ賀茂の足揃え‥ゾロヘ (→)「あしぞろえ」1に同じ。

かも‐の‐いつき【賀茂の斎】🔗🔉

かも‐の‐いつき賀茂の斎】 斎院さいいんの異称。

かも‐の‐くにまつり【賀茂の国祭】🔗🔉

かも‐の‐くにまつり賀茂の国祭】 京都の賀茂神社の本祭。4月の中の申さるの日に行われた。賀茂神社は山城国(京都府)の地主神であるからいう。国祭。

かも‐の‐くらべうま【賀茂の競馬】🔗🔉

かも‐の‐くらべうま賀茂の競馬】 上賀茂神社の神事で、境内で行う競馬。5月5日に挙行。

かも‐の‐まつり【賀茂の祭】🔗🔉

かも‐の‐まつり賀茂の祭(→)葵祭あおいまつりのこと。かもまつり。〈[季]夏〉

かも‐の‐まぶち【賀茂真淵】🔗🔉

かも‐の‐まぶち賀茂真淵】 江戸中期の国学者・歌人。岡部氏。号は県居あがたい。遠江岡部郷の人。荷田春満かだのあずままろに学び、江戸に出て諸生を教授。古典の研究、古道の復興、古代歌調の復活に没頭。田安宗武に仕えて国学の師。本居宣長・荒木田久老・加藤千蔭・村田春海・楫取魚彦かとりなひこらはその門人。著「万葉集考」「歌意考」「冠辞考」「国歌論臆説」「語意考」「国意考」「古今和歌集打聴」など。(1697〜1769) ⇒かも【賀茂】

かも‐の‐みあれ【賀茂の御生】🔗🔉

かも‐の‐みあれ賀茂の御生(→)「みあれ」2に同じ。

かも‐の‐りんじのまつり【賀茂の臨時祭】🔗🔉

かも‐の‐りんじのまつり賀茂の臨時祭】 4月の例祭のほかに、毎年11月の下の酉とりの日に行われた京都の賀茂神社の祭典。889年(寛平1)から行われたが1870年(明治3)廃止。

かも‐まつり【賀茂祭】🔗🔉

かも‐まつり賀茂祭】 京都の賀茂神社の祭。葵祭あおいまつりのこと。かものまつり。

かもみおや‐じんじゃ【賀茂御祖神社】🔗🔉

かもみおや‐じんじゃ賀茂御祖神社】 京都市左京区下鴨にある元官幣大社。祭神は賀茂別雷命かもわけいかずちのみことの母の玉依姫命たまよりびめのみことと外祖父の賀茂建角身命かもたけつのみのみこと。本殿は流造ながれづくりの代表。葵祭あおいまつりは名高い。二十二社の一つで、山城国一の宮。通称、下鴨神社。 賀茂御祖神社 楼門 撮影:新海良夫 賀茂御祖神社 撮影:的場 啓

かも‐もうで【賀茂詣で】‥マウデ🔗🔉

かも‐もうで賀茂詣で‥マウデ 賀茂神社に参詣する行事。特に、賀茂祭の前日の関白の参詣。枕草子219「見ものは、臨時の祭。行幸。祭のかへさ。御―」

かも‐りゅう【賀茂流】‥リウ🔗🔉

かも‐りゅう賀茂流‥リウ 江戸時代、賀茂神社祠官藤木甲斐守敦直(1582〜1649)を祖とする和様書道の流派。甲斐流。甲斐様。

かもわけいかずち‐じんじゃ【賀茂別雷神社】‥イカヅチ‥🔗🔉

かもわけいかずち‐じんじゃ賀茂別雷神社‥イカヅチ‥ 京都市北区上賀茂にある元官幣大社。祭神は賀茂別雷命。本殿・権殿は流造ながれづくりの代表。葵祭あおいまつりは名高い。二十二社の一つで、山城国一の宮。通称、上賀茂神社。 賀茂別雷神社 楼門 撮影:的場 啓 賀茂別雷神社 四脚中門 撮影:的場 啓

かもわけいかずち‐の‐みこと【賀茂別雷命】‥イカヅチ‥🔗🔉

かもわけいかずち‐の‐みこと賀茂別雷命‥イカヅチ‥ 京都の賀茂別雷神社の祭神。火雷命ほのいかずちのみことの子。母は玉依姫たまよりびめ

かや【賀陽】🔗🔉

かや賀陽】 姓氏の一つ。 ⇒かや‐の‐とよとし【賀陽豊年】

かや‐の‐いん【高陽院】‥ヰン🔗🔉

かや‐の‐いん高陽院‥ヰン ①(賀陽院とも)桓武天皇の皇子賀陽親王の邸宅。中御門南・大炊御門北・堀川西・西洞院東の4町を占め、頼通以後は藤原氏が伝領し、しばしば里内裏となった。 ②鳥羽天皇の皇后泰子の院号。 ⇒かやのいん‐すいかく‐うたあわせ【賀陽院水閣歌合】

かやのいん‐すいかく‐うたあわせ【賀陽院水閣歌合】‥ヰン‥アハセ🔗🔉

かやのいん‐すいかく‐うたあわせ賀陽院水閣歌合‥ヰン‥アハセ 1035年(長元8)藤原頼通主催の歌合。10題20首。内裏から摂関家へという歌合の場の移行は時代の転換を反映。村上天皇の天徳4年(960)内裏歌合に対置される。 ⇒かや‐の‐いん【高陽院】

かや‐の‐とよとし【賀陽豊年】🔗🔉

かや‐の‐とよとし賀陽豊年】 平安初期の官人・学者。文章博士・播磨守など。経史に精通、淡海三船と並び称される。詩文は「凌雲集」「経国集」に収める。(751〜815) ⇒かや【賀陽】

かや‐の‐みや【賀陽宮】🔗🔉

かや‐の‐みや賀陽宮】 旧宮家の一つ。1864年(元治1)伏見宮邦家親王の第4王子朝彦親王が創始。のち久邇宮くにのみやを創始し、賀陽宮は中絶していたが、92年(明治25)その王子邦憲王が宮号を復興した。1947年宮号廃止。

が‐りゅう【賀竜】🔗🔉

が‐りゅう賀竜】 (He Long)中国の軍人。湖南桑植の人。北伐に参加、1927年、南昌蜂起に加わり共産党に入党。紅軍の幹部として活躍し、55年元帥、また国務院副総理となる。文化大革命中迫害され没。82年名誉回復。(1896〜1969)

よ‐ごと【寿詞・賀詞・吉言】🔗🔉

よ‐ごと寿詞・賀詞・吉言】 ①天皇の治世の長久・繁栄を寿ことほぎ祝って奏上する詞。賀辞。孝徳紀「賀よごと奉らしめて」 ②祈る言葉。竹取物語「―をはなちて」

[漢]賀🔗🔉

 字形  筆順 〔貝部5画/12画/教育/1876・326C〕 〔音〕(呉) カ(漢) 〔訓〕(名)よし [意味] ①喜び祝う。ことほぐ。お祝い。「新年を賀し奉る」「六十の賀」「賀正・賀詞・祝賀・慶賀・参賀」 ②「加賀かが国」の略。「賀州」 [解字] 形声。「貝」(=財貨)+音符「加」(=くわえる)。金銭や礼物を贈って相手を祝福する意。 [下ツキ 恭賀・謹賀・慶賀・参賀・算賀・寿賀・祝賀・朝賀・年賀・拝賀・奉賀

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