おおえ【大江】オホ‥🔗⭐🔉振
おおえ【大江】オホ‥
姓氏の一つ。もと土師宿祢はじのすくね。790年(延暦9)大枝朝臣となり、866年(貞観8)音人の時に大江に改める。一説に、平城天皇の皇子阿保あぼ親王の後ともいう。代々学者の家として知られる。江家。
⇒おおえ‐の‐あさつな【大江朝綱】
⇒おおえ‐の‐おとんど【大江音人】
⇒おおえ‐の‐ちさと【大江千里】
⇒おおえ‐の‐ひろもと【大江広元】
⇒おおえ‐の‐まさひら【大江匡衡】
⇒おおえ‐の‐まさふさ【大江匡房】
⇒おおえ‐みちこ【大江美智子】
おお‐えど【大江戸】オホ‥🔗⭐🔉振
おお‐えど【大江戸】オホ‥
①江戸の美称。
②大坂道頓堀の大劇場の表中央に飾る、大きな絵の一枚看板。
おおえ‐の‐あさつな【大江朝綱】オホ‥🔗⭐🔉振
おおえ‐の‐あさつな【大江朝綱】オホ‥
平安中期の貴族・学者。中国古典に精通、村上天皇の勅命により「新国史」を撰進。民部大輔・文章博士・左大弁を歴任、参議に昇る。祖父音人の江相公に対して後江相公と称する。著「後江相公集」。(886〜957)
⇒おおえ【大江】
おおえ‐の‐おとんど【大江音人】オホ‥🔗⭐🔉振
おおえ‐の‐おとんど【大江音人】オホ‥
平安前期の貴族・学者。菅原清公に師事し、政務に練達、故事に明通。官参議に至り、「弘帝範」「群籍要覧」を撰進。江家の学は音人に起こるとされる。家集「江音人集」。江相公と称。(811〜877)
⇒おおえ【大江】
おおえ‐の‐ちさと【大江千里】オホ‥🔗⭐🔉振
おおえ‐の‐ちさと【大江千里】オホ‥
平安前期の歌人。中古三十六歌仙の一人。音人の子。和歌に巧み。903年(延喜3)兵部大丞。宇多天皇の勅命によって「句題和歌」を奉った。生没年未詳。
⇒おおえ【大江】
おおえ‐の‐ひろもと【大江広元】オホ‥🔗⭐🔉振
おおえ‐の‐ひろもと【大江広元】オホ‥
鎌倉初期の京下りの官人。政所別当となる。頼朝の死後も北条氏と結んで幕政の基礎を固めた。守護・地頭の制も広元の献策と伝える。法名、覚阿。(1148〜1225)
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おおえ‐の‐まさひら【大江匡衡】オホ‥🔗⭐🔉振
おおえ‐の‐まさひら【大江匡衡】オホ‥
平安中期の官人・文人。妻は赤染衛門。文章博士。一条天皇の侍読。侍従。著「江吏部集」。(952〜1012)
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おおえ‐の‐まさふさ【大江匡房】オホ‥🔗⭐🔉振
おおえ‐の‐まさふさ【大江匡房】オホ‥
平安後期の貴族・学者。匡衡の曾孫。江帥ごうのそちと称。後冷泉以下5代の天皇に仕え、正二位権中納言。また白河院の別当として白河院政を支えた。著「江家次第」「本朝神仙伝」「続本朝往生伝」など。その談話を録した「江談抄」がある。(1041〜1111)
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おおえまる【大江丸】オホ‥🔗⭐🔉振
おおえまる【大江丸】オホ‥
江戸後期の俳人。本名、安井政胤。大坂の人。大島蓼太の門人。俳風は軽妙洒脱。著「俳懺悔」「俳諧袋」など。大伴大江丸。(1722〜1805)
おおえ‐みちこ【大江美智子】オホ‥🔗⭐🔉振
おおえ‐みちこ【大江美智子】オホ‥
女優。(初代)本名、竹内静子。大阪生れ。女剣劇ブームを作った。(1910〜1939)
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おおえ‐やま【大江山】オホ‥🔗⭐🔉振
おおえ‐やま【大江山】オホ‥
①京都市西京区大枝(山城・丹波の国境)にある山。その坂路を「大江の坂」また「老の坂」という。大枝山。(歌枕)
②京都府北西部、丹後地方にある山。その頂上を千丈ヶ岳といい、酒呑童子しゅてんどうじが住んだという窟がある。源頼光の鬼退治の伝説で有名であるが、一説に1のことという。
③能。源頼光らが山伏を装い、大江山の鬼神酒呑童子に酒をすすめて退治する。
たい‐こう【大江】‥カウ🔗⭐🔉振
たい‐こう【大江】‥カウ
①大きな川。
②(→)長江2のこと。
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