けん‐こう【鉗口・箝口】🔗⭐🔉振
けん‐こう【鉗口・箝口】
⇒かんこう
けん‐こう【権綱】‥カウ🔗⭐🔉振
けん‐こう【権綱】‥カウ
政権のおおもと。政綱。
けん‐こう【権衡】‥カウ🔗⭐🔉振
けん‐こう【権衡】‥カウ
(はかりのおもりとさお、すなわちはかりの意から)つりあい。平均。夏目漱石、吾輩は猫である「是から鼻と顔の―に一言論及したいと思ひます」。「―を保つ」
けん‐ごう【剣豪】‥ガウ🔗⭐🔉振
けん‐ごう【剣豪】‥ガウ
剣術の達人。
けん‐ごう【軒号】‥ガウ🔗⭐🔉振
けん‐ごう【軒号】‥ガウ
住居・茶室・書斎などの雅号で、下に「軒」の字の付くもの。また、文人・茶人などがそれを自分の号に用いたもの。
けん‐ごう【健剛】‥ガウ🔗⭐🔉振
けん‐ごう【健剛】‥ガウ
すこやかで意志が強いこと。
けん‐ごう【喧囂】‥ガウ🔗⭐🔉振
けん‐ごう【喧囂】‥ガウ
やかましいこと。さわがしいこと。喧々囂々。
けん‐ごう【堅剛】‥ガウ🔗⭐🔉振
けん‐ごう【堅剛】‥ガウ
かたくて屈しないこと。意志の強いこと。
けん‐ごう【賢豪】‥ガウ🔗⭐🔉振
けん‐ごう【賢豪】‥ガウ
賢くてすぐれていること。また、その人。
げん‐こう【元后】🔗⭐🔉振
げん‐こう【元后】
①(「元」は大、「后」は君の意)君主。
②第1の后きさき。
げんこう【元弘】🔗⭐🔉振
げんこう【元弘】
鎌倉末期、後醍醐天皇朝の年号。元徳3年8月9日(1331年9月11日)改元。その後も元徳を使い続けた光厳天皇朝が翌年正慶しょうきょうに改めたのに対し、後醍醐天皇朝はそのまま元弘を用い、4年1月29日(1334年3月5日)建武に改元。
⇒げんこう‐の‐らん【元弘の乱】
げんこう【元亨】‥カウ🔗⭐🔉振
げんこう【元亨】‥カウ
[易経]鎌倉末期、後醍醐ごだいご天皇朝の年号。辛酉革命による改元。元応3年2月23日(1321年3月22日)改元、元享4年12月9日(1324年12月25日)正中に改元。
⇒げんこう‐しゃくしょ【元亨釈書】
げん‐こう【元寇】🔗⭐🔉振
げん‐こう【元寇】
鎌倉時代、元の軍隊が日本に来襲した事件。元のフビライは日本の入貢を求めたが鎌倉幕府に拒否され、1274年(文永11)元軍は壱岐・対馬を侵し博多に迫り、81年(弘安4)再び范文虎らの兵10万を送ったが、2度とも大風が起こって元艦の沈没するものが多かった。蒙古襲来。文永・弘安の役。
→資料:蒙古国牒状
→資料:『八幡愚童訓』
広辞苑 ページ 6327。