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なが‐え【轅】🔗🔉

なが‐え】 (長柄の意)牛車ぎっしゃ・馬車などの前に長く平行に出した2本の棒。その前端に軛くびきを渡し、牛馬に引かせる。→牛車(図)

なかえ‐うしきち【中江丑吉】🔗🔉

なかえ‐うしきち中江丑吉】 中国学者。兆民の長男。大阪生れ。東大卒。北京に在住30年。主著「中国古代政治思想」「公羊伝くようでんの研究」。(1889〜1942) ⇒なかえ【中江】

ながえ‐がたな【長柄刀】🔗🔉

ながえ‐がたな長柄刀】 両手で握って使用するために柄を長くした刀。 ⇒なが‐え【長柄】

ながえ‐ぐみ【長柄組】🔗🔉

ながえ‐ぐみ長柄組】 武家の職名。戦時に長柄の槍を持って出陣した騎馬あるいは徒歩の一隊。道具衆。 ⇒なが‐え【長柄】

なかえ‐ちょうみん【中江兆民】‥テウ‥🔗🔉

なかえ‐ちょうみん中江兆民‥テウ‥ 思想家。名は篤介。土佐の人。1871年(明治4)渡仏、帰国後仏学塾を開き民権論を提唱、自由党の創設に参画、同党機関紙「自由新聞」の主筆。第1回総選挙に代議士当選。ルソー「民約論」、ヴェロン「維氏美学」を翻訳。著「一年有半」「続一年有半」「三酔人経綸問答」など。(1847〜1901) 中江兆民 提供:毎日新聞社 →資料:『三酔人経綸問答』 ⇒なかえ【中江】

なかえ‐とうじゅ【中江藤樹】🔗🔉

なかえ‐とうじゅ中江藤樹】 江戸初期の儒学者。日本の陽明学派の祖とされる。名は原。近江の人。初め朱子学を修め、伊予の大洲藩に仕え、のち故郷に帰り、王陽明の致良知説を唱道。近江聖人と呼ばれた。門人に熊沢蕃山らがいる。著「孝経啓蒙」「翁問答」「鑑草かがみぐさ」など。(1608〜1648) →著作:『翁問答』 ⇒なかえ【中江】

広辞苑 ページ 14521