【荀子】シ゛ュンシ🔗⭐🔉振
【荀子】シ゛ュンシ
《人名》
戦国時代の思想家。名は況。趙(チョウ)に生まれ、斉(セイ)に仕え、のち楚(ソ)に仕えた。孔子の学問をうけついで、礼儀・道徳による教育を重んじ「性悪説(人間の本性は利欲の追求であるとする学説)」をとなえた。韓非(カンヒ゜)と秦(シン)の宰相となった李斯(リシ)を教え、後の法家の考え方にその基礎を与えている。著に『荀子』がある。荀卿・孫卿とも。→性善説
《書名》二〇巻。戦国時代の荀況(シ゛ュンキョウ)の著作と伝えられている。成立年代不詳。孟子(モウシ)の「性善説」に反対して、「性悪説」を主張した荀子の著作を、漢の劉向(リュウキュウ)(前77〜前6)がまとめたもの。荀子は「人の性は悪、その善は偽なり」といい、人はそのままでは性の本質である利欲に引きずられて悪を形成しがちなのだから、これを人為的な善にまで育てあげなければならない(「性悪」篇)、と主張した。天の自然的、機械的原理と、人間の人為的、倫理的原理とは、それぞれ別個の領域である(「天論」篇)としたところに荀子の思想の特異性がある。その結果、善をなさしむるには学問以外にない(「勧学」篇)、学問の目的は修身であり、窮極は聖人になることである。学問は『詩』『書』から始まって『礼』に至って完成する、『礼』こそは個々人の欲情のバランスを社会的に調整する社会制度の核心であり、そのためには、「先王の礼」を尊重するよりも、むしろ「後王」(現在の君主)の礼制にこそ従うべきである、という「礼」の尊重の立場が出てくる(「礼論」篇)。日本の荻生徂徠(オキ゛ュウソライ)などは、伝統的な朱子学派を批判する意味もあって、荀子の立場こそ本来の儒学の姿だと大いに尊重している。
学研漢和大字典 ページ 5764 での【荀子】単語。